ものもらいとは物乞いの事で他人から食べ物や金銭をもらうことで生計を立てる人の事をいいます。現在でも都会ではたまに人通りの多い道端に座り通行人から金銭などをめぐんでもらう人がいます。

昔は毎日決まった家の勝手口などへ物乞いに行き生計を立てる人がありました。本来は托鉢僧が各戸を訪問する門付けという行為で、訪問された家々では毎日少しずつお布施をする習慣が日本全国にあったことから托鉢僧ではなくても訪問された家は邪険に追い返すのではなく、お布施のつもりでおにぎりなどをあげる習慣ができました。

中には、このようにしてその集落で窮状を救われ、やがては商売などを始めて生計が立つようになったなどという話は全くないことではなかったようです。逆に、何か商売をしていたような人が商売に失敗して物乞いをしながら、なんとかその集落で生き伸びていけるようなことも有ったようです。

関東から東北圏では物乞いの事をほいど(法衣人)と呼ぶところもあります。これも元は托鉢僧の事を言ったものです。托鉢は現在でも仏教の修行として行われています。仏教の大寺院などがある土地では托鉢の季節には家々がお布施を用意して托鉢僧を待つような習慣もあります。

現在は托鉢以外の物乞いは軽犯罪法や地方自治体の条例などで禁止されています。ものもらいは、また、目の病気の事を指す言葉でもあります。全国的に、まぶたの腫物の事をものもらいといいます。

東北では ほいどっこ 北海道ではめっぱちといいます。関西では、めばちこといいます。北海道のめっぱち、関西のめばちこという言葉にはどちらも鉢という言葉が含まれています。鉢とは、托鉢僧のもつ鉢のことで物乞いの事を指す言葉です。まぶたの病気を指す言葉は全国にいろいろあります。

しかし、そのほとんどはものもらいという言葉と同じく物乞いを指す言葉なのです。まぶたの病気の事をなぜ、ものもらい(乞食)と呼ぶようになったのでしょうか?